T井R子について19

相手は、百戦錬磨の左翼の猛者。
彼を相手に、私は、岐阜には学資をこさえるために来た、よって長居はできない、また、不本意ながら、かようにも話した。
「学資がなくて、合格通知をフイにした赤い大学への入学を思っている」
T井への誠が、この言葉を口にすることを余儀なくした。本音は、大学なんぞ入れればどこでもよかった。だから別段、赤い大学でなくても、よかった。出版社の9割が集まっている首都圏の何でもいいから大学へ、進学するべきだった。また、それを望んではいた____
当時の私の、何よりの見落としであり愚だったのは、T井は私の立場で決してものを考えていないことに、気づいていなかったことだ。おめでたいという他ないか?それをごまかすがために偽善を働いていたのだが____
そんな事情は、「若い人材がほしい」というNには、無関係だったと思う、はいそうですか、と引き下がるはずはなく、
「赤い大学に入ったって、就職差別くらうのがおちだぞ」
もっともなのだが、T井への誠が、その言葉を撥ね付けてしまう。悪い意味での若さ、だった。
さらにNはたたみかける。
「大学なら、名古屋市内のでいいじゃないか」
そこにある、2流私大の名前を並べ立てる。。。実際、そのとおりだった。
もしも私が、T井の偽善にこの時期、気づいていたなら、きっとNの言うとおりにした。しかし、間違った誠が、いたずらに彼の言葉に対して首を縦に振らせない。
「おれたちはかまわん。だが、役員がそれでは承知しない」
こうも言った。Nの「来てほしい」気持ちは、わからないではなかったけど、私の生の目的は、職業作家、ひいては夢そして可能性だった____
オファーに対してNo!を口にする気はなかった。しかし、この左翼の猛者に、全面降伏することは、できなかった。もし赤い大学を忘れるなら、いかにヒポクリットとてT井の了解を得るべきではあった。
kimitoki